大判例

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東京高等裁判所 昭和23年(ネ)362号 判決 1948年12月24日

主文

本件控訴は之を棄却する。

控訴費用は控訴人の負擔とする。

事実

控訴訴訟代理人は、「原判決を取消す。被控訴人が昭和二十三年四月二十三日に爲した千葉縣地方勞働委員會勞働者代表委員の委囑は之を取消す。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負擔とする。」との判決を求め、被控訴訴訟代理人は控訴棄却の判決を求めた。

當事者双方の事實上の主張は、控訴訴訟代理人に於て、國鐵勞働組合千葉支部は、千葉縣官公勞働組合協議會中の一單位組合である。勞働者代表委員の選出についての選擧の方法は、勞働組合員十名につき一人の投票權者を選びその一人が一票を投ずるものであつて、單位組合そのものの投票によるものでない。選擧の方法は投票を單記とするか連記とするかの點を含めて、委員選出についての勞働者の自主性を尊重する法律の立前から、その決定權は推薦委員會に存すると云わなければならない。原判決六枚目表五の項に記載してある控訴人の主張は撤囘すると述べ、被控訴訴訟代理人に於て、國鐵勞働組合千葉支部が千葉縣官公勞働組合協議會中の一單位組合であることは認める。控訴人は被控訴人の職權委囑によつて如何なる權利も害されたものでないから本訴を提起し得るものでないとの主張は撤囘すると述べた外原判決摘示事實と同樣であるから茲に之を援用する。

(立證省略)

理由

本件に於て次に掲ぐる(一)乃至(七)の各事項に付ては當事者間に爭ないところである。

(一)千葉縣地方勞働委員會(以下單に委員會と稱する)を構成する昭和二十二年度の委員の任期が、昭和二十三年二月末日を以て滿了するので、千葉縣知事が昭和二十三年度の委員會の委員を委囑しなければならない時期に立ち到つたこと。

(二)知事が委員會の勞働者代表委員を委囑するには、原則として勞働組合の推薦に基かねばならぬが、この推薦手續については、勞働組合法施行令第三十七條に一部の規定があるに過ぎない。この點についての詳細は、昭和二十一年九月十一日附厚生省勞發第四九四號勞政局長から各地方長官宛通牒「勞働委員會の委員選出方法例」(以下單に方法例と稱する)に、その基準が示されて居ること。

(三)方法例及び勞働組合法施行令に基く勞働者代表委員の推薦手續は概要次の通りであること。

(イ)單位組合の連合團體から成る各推薦母體より各推薦委員を選出し推薦委員を以つて組織せられる推薦委員會に於て、各推薦母體に對する委員候補者の數の割當を決定し、これを知事に報告する。(方法例第十三條乃至第十六條)

(ロ)知事は右報告に基き割當數に應じて、各推薦母體に對し委員候補者の推薦を請求する。(方法例第十七條、勞働組合施行令第三七條第四項)

(ハ)右の請求に應じて各推薦母體から委員候補者の推薦屆出があると、知事は候補者の氏名を公表した上各單位組合に對し候補者に對する推薦投票を請求し、この投票の結果に基き委員五名を委囑する。(方法例第十八條乃至第二十六條)

(二)委員會の勞働者を代表する委員候補者の推薦手續も略右の順序に從い次のような經過により知事に對し委員候補者の推薦屆出をしたこと。

(イ)千葉縣に於ける推薦母體は千葉縣勞働組合會議(以下單に縣勞會議と稱する)千葉縣官公勞働組合協議會(以下單に官公勞と稱する)日本勞働組合總同盟千葉縣連合會(以下單に總同盟と稱する)の三團體であつて、之等の團體より夫々推薦委員の屆出があり、推薦委員會が組織せられて、昭和二十三年二月九日から同年三月二十二日までに六囘の推薦委員會が開かれ、最後の委員會に於て、(A)各推薦母體に對する委員候補者の割當を三名宛とすること、(B)推薦投票の方法を五名完全連記とすること、(C)選擧の期日を昭和二十三年四月二十七日とすることを決議し、これを千葉縣知事に屆出た。

(ロ)之に對し千葉縣知事から、昭和二十三年三月二十三日、委員候補者の氏名を同月二十九日までに屆出づべき旨の請求があり、各推薦母體から期日までに候補者を屆出た。

(三)千葉縣知事は委員候補者の氏名の公表及び之に對する推薦投票の請求を爲さず、却つて昭和二十三年四月六日に至り推薦委員會に對し次の三點の申入を爲したこと。

(イ)選擧期日を同月十二日とすること。

(ロ)官公勞の單位組合である國鐵勞働組合千葉支部からも委員候補者を出し官公勞の候補者中に加えること。

(ハ)投票の方法を單記とすること。

(六)右知事の申入に對し、推薦委員會は同月十日會議を開き、選擧期日はその後知事が改めて提議した同月十七日とすることに同意し、その他の二點については之を拒絶し昭和二十三年三月二十二日に定めた通りに實施することに決議したこと。

(七)千葉縣知事は昭和二十三年四月十五日に至り勞働組合法施行令第三十七條第五項に云う「勞働組合の推薦を得ること能はざる場合」に該當するものとして職權委囑をする旨宣言し、同月二十三日職權を以て勞働者代表委員として小林利(總同盟)土屋武一(官公勞)山口〓(官公勞)佐々靖(縣勞會議)渡邊七郞(縣勞會議)の五名を委囑したこと。

控訴人は右勞働者代表委員の選出については、勞働組合員十名につき一人の投票權者を選びその一人が一票を投ずるものであつて(單位組合そのものゝ投票ではない。)選擧の方法は投票を單記とするか連記とするかの點を含めて、組合側で自主的に決定し得る事柄に屬し、從つて組合側より選出され、その意見を代表する推薦委員より成る推薦委員會が之に付決定權を有する。知事は此の點に關し、又労働者代表委員候補者に如何なる人を加うべきかの點に付て指定する何等の權限も有しない。されば知事が前記(五)記載の申入を爲したのに對して、(六)記載のように推薦委員會が決議した以上、知事としては委員候補者の氏名を公表し、推薦投票請求の手續に出るのが當然であつて、前記(七)記載のような職權委囑をしたのは違法であると主張しているから、この主張について判斷する。

勞働組合法第二十六條第二項によれば、勞働者を代表する委員は、勞働組合の推薦に基き行政廰が委囑することになつて居り、勞働組合法施行令第三十七條によれば、地方勞働委員會の勞働者を代表する委員は、都道府縣知事が右の行政廰として之を委囑するのであるが、その手續として、知事は、勞働組合法第五條第一項の規定に依る屆出をした勞働組合(連合團體及び連合團體に屬しない單位組合を含む、以下同じ)に對し、勞働者を代表する委員候補者を推薦すべきことを請求し、かつその推薦された者の氏名を公表しなければならないことになつて居る。從つて若し勞働組合法第五條第一項の規定による屆出をした各勞働組合に對し、知事が勞働者を代表する委員候補者の推薦を請求する場合であるならば、その推薦の經過が民主的である限り、選擧によると否と又選擧の方法如何は問ふところでなく、組合の決定し得るところであろう。

蓋し勞働組合は自主性を有し、右の委員候補者の推薦權を自主的に有するからである。この意味に於て控訴人の主張するところは正しいものと云わなければならない。

然るに、右の委員候補者の推薦方法に付、方法例が詳細な定めをしている。固より方法例の通牒は知事に對し一應の基準を示し、勞働者を代表する委員候補者の選出について、都道府縣内に存する勞働組合に、一致して右基準に從うよう指導する勸告をしたものに過ぎない。

然しながら、各都道府縣單位に考えても、勞働組合法第五條第一項の規定による屆出をした勞働組合の數は多數に上り、且系統を異にする數種の勞働組合の對立あることに鑑みるときは斯る組合間に公正を維持し、以て勞働者を代表する委員候補者を推薦せしめることが要求せられるのは當然であり、かくて斯る要求に即し勞働委員會を構成する委員の委囑に關する勞働組合法及勞働組合法施行令の精神を實際に生かす方法として、民主的に考案せられたものが右の方法例であると解される。この趣旨は方法例を各地方長官宛に通牒した前文に、方法例を定めるについては中央勞働委員會の意見を徴した旨の記載あるによつても明かである。

千葉縣に於ける委員會の勞働者を代表ずる委員候補者の推薦手續も、略方法例の順序に從い、推薦母體が形成せられ、推薦委員の屆出があり、昭和二十三年三月二十二日の推薦委員會で各推薦母體に對する委員候補者の割當を三名宛とすることに決議せられたのである。從つて推薦母體の形成、推薦委員及び推薦委員會の構成とその運營については、結果から見て、方法令に從うべきことを、各勞働組合が一致して承認して來たものと云うの外はない。然しながら、右三月二十二日の推薦委員會では、更に「推薦投票の方法を五名完全連記とすること」外一項目を決議している。これは方法例と異る推薦投票の方法であり問題はここに存する。蓋し方法例は投票權を有する單位組合による單記の推薦投票を定めるからである(方法例第二十一條)

惟うに、推薦委員會は方法例に定められた機關であり、方法例を外にして推薦委員會はあり得ない。そして方法例によれば推薦投票の方法の決定は當然にその權限の範圍に屬して居ない。固より本件の場合、前記認定の如く一應各勞働組合が方法例に從うことを一致して承認して來たものと認めらるゝ以上、方法例に準據して推薦投票の方法を決定するとせば、這は各勞働組合の一致して承認する所となるであろう。しかし推薦委員會が方法例に準據せざる推薦投票の方法を決定する為には、本來推薦權を自主的に有する勞働組合より、豫めその委任を受け、又は事後の承認を受くることを要するものと謂うべく、然らざる限り、推薦委員會は方法例に準據せざる推薦投票の方法を決議し得ざるものと解すべきである。然らざれぱ推薦委員會が不當に勞働組合の推薦權を侵害するに至るからである。然るに、本件の如何なる證據によるも、組合が事前ば推薦委員會に右の事項を委任した事實を認むるに由なく、事後には却つて後記認定の如く推薦委員會で決定した五名完全連記の投票の方法を不可とし、異議を述べて選擧に參加しない旨表明した推薦母體及び單位組合すら生じたのであるから、推薦委員會の右の點に關する決定は遂に效果を發生することなく終つたものと云わざるを得ない。

同樣の理由により冒頭認定の同年四月十日推薦委員會の為した五名完全連記の投票方法の決議も效力を生じ得ない。而かもこの推薦委員會に於ては、推薦母體である總同盟から出た居た二名の推薦委員と、推薦母體である官公勞から出て居た國鐡勞働組合千葉支部所屬の霞委員が、投票の方法を單記無記名とすることを主張し、推薦委員會自體に於てすら全員一致の行動を採ることを得ず、遂に裁決に入り、推薦母體である控訴人から出て居た京增委員の棄權があつて、結局多數決で議事を押切つたものであること、當審證人萩原中、原審證人山田萬〓の證言によつて明かなところである。右證人萩原中は、第三囘の推薦委員會の席上、推薦委員會の議が纒らない場合は、多數決によつて決定すベき旨霞委員から提案あり、他の委員之に賛成したのであるから、右多數決による裁決は不當ではないと述べて居るけれども、此の多數決制は、本來推薦委員會の權能に關する事項については格別、當然には推薦委員會の權限に屬しない投票の方法の決定については許されないのである。

而して敍上の如く推薦委員会に於ける推薦投票の方法の決議は無效であるところ、原審證人山田萬〓の證言によれば、昭和二十三年四月十一日に至り、縣に對し、推薦母體である總同盟から決議書を以つて、國鐵勞働組合千葉支部から口頭を以つて、投票の方法は單記無記名であるべきことを強調し、控訴人の推薦委員京增の辭任、總同盟及び國鐵勞働組合千葉支部の選擧不參加の表明があつたこと、及び他方委員會の處理すべき案件は當時已に九件もあつて、臨時委員は右事件中、千葉縣敎職員組合對千葉縣の調停事件のみ處理し、その他は新任委員に委せ度い意向であつたことが各認定出來る。右認定に反する原審及び當審證人萩原中の證言に採用しない。

敍上認定のような事態に於ては、勞働委員會の勞働者を代表する委員候補者の推薦投票は之を行ひ得ざるものと云わざるを得ないし、他方委員会を構成する委員の委囑は之を短期に為さなければならない事態に迫られて居るものと判斷せざるを得ない。然も知事は勞働者を代表する委員の委囑に關する事項に付いては、各勞働組合間の利害の對立を公正に判斷し、全體的立場に立つて勞働者階級の利益を考察すべき責ある以上、千葉縣知事が昭和二十三年四月二十三日、(七)に掲ぐる勞働者代表委員を職權を以て委囑したのは違法でない。從つて控訴人が前記のような主張の下に知事の職權委囑を取消す旨の判決は之を求め得る限りでない。(その他の爭點に關する判斷は必要がないから之を省略する。)

よつて控訴人の請求を排斥した原判決を相當とし、訴訟費用の負擔につき民事訴訟法第九十五條第八十九條を適用し、主文の通り判決する。

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